あてはめて考える、ということ

「うちの業界では無理」「うちの上司は頭が固いから」「前例がない」「この業界ならではだよね」
なんとなく、聞くフレーズではないでしょうか。
セミナーやワークショップなどで何かを学んでも、それを実際に実行する人って実は少ない、と感じています。その時に聞こえてきそうなフレーズを集めてみました。

実は、池山が受講しているワークショップデザイナー育成プログラムは大阪大学と、青山学院大学で開かれていて、大阪大学では平田オリザさんがメインの先生になっていることでもわかるように、「演劇」によった内容になっています。実は池山、演劇なんて「え」の字も知らない素人(笑)。最初は、何のこっちゃ、と思っていました。

平田さんは劇作家のことを「話し言葉のプロ」という風に表現されていましたが、確かに小説家、作家は書き言葉のプロで、劇作家は話し言葉のプロ、と言えるでしょう。

育成プログラムの内容の詳細はここでは省きますが、育成プログラムでは最初に「不親切さと学びは比例する」という話があります。つまりは、親切にすればするほど、主体的な学びが減って行き、反対に不親切に教えれば主体的に学ぶ必要があり、学びの効果が上がる、というような、やや教師よりの視点です(笑)

劇作家である平田さんは、演劇を通じて、日本語という言語、人と人とのコミュニケーション、そしてさらには人間、というものを教えてくださいました。おそらくは、受け手によって学んだ内容は違うのだと思いますが、池山はそのように感じました。

表面的には演劇でしたが、そこに自分の持っている課題を当てはめて考えるということ。「not for me」とすぐに考えてしまうのではなく、どこに自分の糧になる学びがあるのか、と考えること、そこが大切であると感じています。

当てはめて考える、というのは「抽象化」といいえるかもしれません。抽象化は言語の根本だと思っています。虎は「牙のある黄色と黒の恐ろしい動物」を一語で抽象化したものです。「虎」という言葉から、かわいい生まれたての赤ちゃん虎をイメージする人、それからもちろん恐ろしいシベリアトラをイメージする人、さまざまです。それが抽象化の結果ですね。

抽象化したものに、抽象化した人が込めた意味。実はそれが微妙に違っている。これも言語の持つ面白いところです。その各自が抽象化したものの行間につめた「コンテクスト」をすりあわせて、お互いの意味しているところを通じ合わせること、それが「他者理解」ではないか、と思っています。

あるゲームをして、「おおきい」ものをみんながイメージするとします。実はその大きいものは、自動車から空母、ビル、エベレストまで様々です。その部分を無視して「ほら、大きいやつさ」という言葉ではいつまでも相互に理解し合うことができません。

先日行政書士の業務で、ある役所の窓口の方と話しましたが、話がさっぱり通じませんでした。それはある言葉に対する理解がお互いで違っていたことが原因でしたが、共通の言語で話す、ということは大切だな、と感じさせられる出来事でした。これも彼女と池山のコンテクストが違っていた、という最たる例です。

なんだか、まとまりのない文章になりましたが、アイディアラボ〔β〕では今後もワークショップを通じて、学びの場と同時に、コミュニケーションを作る場、そして新しく何かを生み出す場を提供していきたいと考えています。
今後ともアイディアラボ〔β〕をよろしくお願いいたします。

2 thoughts on “あてはめて考える、ということ

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