技術的制約が生み出す物語

思わせぶりなタイトルになりました。今日、車で移動中にふと思ったことがあったので。

昔、若い頃にはレコードで音楽を聴いていました。LPレコードというのが、今で言う通常のCDと同じで、いわゆる「アルバム」というものでした。当時¥2500〜¥3000だった、LPは高嶺の花でおいそれとは買えませんでした。僕は世代としては、レコード最終期にあたっていて、高校からはもうCDの時代になりました。

中学生までは町のレコード屋さんに予約して、発売日に買いに行くわけです。自転車のかごに、LPレコードのジャケットの大きさの袋に入れてもらったレコードをいれて帰る感覚は今でも鮮明に思い出します。微妙に入りきらない。

そして、家に帰ると、まずテープに録音するわけです。レコードはCDと違い、ホコリや傷で劣化するので、一番いい状態の時に録音したものです。まず、針を落としてみて、VUメーターみながら、録音レベルを決めて。。。

今のCDではない概念ですが、この当時A面、B面という概念がありました。レコードは録音時間の制約から、アルバム1枚約10曲を表と裏に録音していました。A面が終わると、物理的にひっくり返す必要がありました。一時期はやっていた、レーザーディスクもそうでしたね。

そうすると、A面の始まり、つまりアルバムの始まりと、「A面の終わり」というものが存在し、B面の始まりと、B面の終わり、つまりアルバム全体の「終わり」というものが存在します。つまり、アルバムの中に入れ子構造で、A面という一つの区切りと、B面というもう一つの区切りが存在しました。

つまり、アルバムに収録曲の選曲として、フラクタルな3つの構造を前提としていたといえると思います。アルバム全体としてのメリハリと、A面でのメリハリ、B面でのメリハリのような。

これは、当然録音時間という技術的な制約がもたらしたものであったわけですが、それが一つの様式美や物語を形成していたように思います。

なにやら、どうでも良さそうな話しが長く続いてしまいましたが、前時代の何かの制約があるが故の「物語」というものを、新製品の中に顧客の体験からの抽出物として盛り込んであげる、というのは一つの方法ではないかなとふと思いました。

例えば、タブレット端末でのめくる仕草。バーチャルな形で、書籍をめくるという物語を再現しています。紙の書籍はめくらないといつまでも次のページには進めません。紙が綴じてあるが故の制約です。

電子になってからは、「制約」はクリアされているのだけれど、慣れ親しんだ「制約」、それを物語として残していく。

すこし、そんなことを考えました。

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