いかなる個人よりも全員の方が賢い

最近つらつらと考えていて、一度書いておこうと思っておいたことを。

タイトルの言葉は、この一冊、「デザイン思考が世界を変える」からの不確かな(笑)引用です。大好きな言葉で、言い回しはともかく、大意ではあっているはずです。

人間の脳の記憶容量というのは、諸説あるようですがある意見に寄ると、4T〜12Tあたりだそうです。真ん中をとると、8Tくらいでしょうか。

たとえば、4人集まると、32Tの記憶容量です。もちろん、基本的な部分で重複しているところも多いでしょうが、単純計算で32Tの情報があることにします。

各記憶媒体には、人工知能よりも賢い、天然知能(笑)というチップが載っていてその記憶容量をドライブしています。ということは、通常4人集まれば、4倍の「賢さ」が手に入る、と考えるべきなんだと思います。しかし、往々にして、そうでないことがある。それはなぜか、ということです。
池山はこの問題を解決するのは、ファシリテーションのスキルではないでしょうか。ファシリテーターの心、は何かと問われたら、このタイトルの言葉に対する確信、と答えています。

池山はそれがコミュニケーションの問題ではないか、と思っているのです。4つの記憶媒体と天然知能チップをつなぐ、ケーブルやコネクタが「コミュニケーション」です。そこの情報の流れが悪いと、4倍の「賢さ」どころか、2倍の「賢さ」も得られない、という事態に陥ってしまう。

「いかなる個人よりも全員の方が賢い」のだ、とファシリテーターが信じていること。それを阻害するものがあるとするならば、それを取り除き、組織における話し合いや、意思決定、問題解決策の立案を「最適化」すること。これこそがファシリテーターの仕事ではないか、と考えています。

これからの時代、我が国は人口減少の側面に入っていきます。既に10万人規模での減少が報告されていますが、これはもっともっと進むでしょう。

このことは、予測でなくいわゆる「すでに起こっている未来」です。戦後2つのピークのベビーブーマーを擁する我が国の人口構造において、悲しいかな、時間の経過とともに、このピークは過去のものとなります。

この2つのピークが過ぎ去るとき。つまり、池山達の世代が死に絶えるときに、日本の人口はあらたな側面を迎えます。今から40年後くらいには1億人を下回ることになるでしょう。

もちろん、超高齢化社会ですから、労働人口が不足し、GDPも下降線をたどる可能性が高いです。生産の効率化はもちろんあると思いますが、労働人口の減少により設備の稼働率がどうしてもさがるでしょうから、やはり生産は減るのだと思います。

スタジオジブリのアニメに「天空の城ラピュタ」という作品がありますが、あの世界ではエンジンは生産することができません。エンジンは過去に作られたものを「発掘」し、修理して使う、そんな世の中です。もちろん、現実にはそんな世界にはならないとおもいますが、どこかそこに暗に我々の未来に対するメタファーのようなものを感じます。

これからの時代、「最適化」という言葉が見直されるのではないか、と勝手に考えています。少ない資源、労働力、資産を「最適化」し、最大のゲインを得る。昨日よりたくさんのものを作り、消費し、経済活動を拡大させる。このことを前提とする社会はもう今後望めないと池山は考えています。

今、我々は個人の持つ知性を結集し、それを「最適化」して、この来るべき「マイナス成長期」をいかに乗り切り、適正な経済規模や社会構造にソフトランディングする方策を考える時期に来ているのではないかと考えています。

 

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