京都/龍安寺


ぽっかりできた、時間の隙間をつかって、京都は龍安寺にお参りしてきました。

拝観時間終了前の16:00頃つきましたが、さすがの観光地、日本人、白人さん、修学旅行生となかなかのにぎわいでした。写真は、Wikipediaから借りています。自分自身では、石庭で写真は撮らない、と決めていたので、一枚も撮っていません。特に深い理由はないのですが、写真はいいものがたくさんあるから、僕がいまさら撮らなくてもいいかな、というのが正直なところです。

初めて見た石庭は、実は思ったより小さく、コケは意外と枯れていて、白い砂は思ったより白くなかったです。そういう意味では、期待が大きすぎたパターンかも知れません。

「この石庭を見て、宇宙を感じるんだ」とおっしゃってたのは確か中学校の時の社会の先生だと思うのですが、正直宇宙を感じることは最初できませんでした。

ご存知の方も多いと思いますが、石庭には15個の石があり、多くの角度から見ても14個しか見えないと言われています。

現場では、石を数えてみたりもしますが、宇宙を感じることはできません(笑)

仕方がないので、石庭のほぼ正面にある縁側の柱にもたれて、目を閉じて瞑想(というとかっこいいですが、ほぼうたた寝)をしてみました。実は、本当に眠ってしまっていたようで、後で時計を見たら20分ほど経過していました(笑)

ふと目を開けました。すると、網膜に石庭が飛び込んできました。その印象の強烈さというと、言葉にならないくらいでした。

そのときに分かったような気がしました。この石庭は、目を閉じて鑑賞すべきものではないか。それからは、石庭はいろんな思索を与えてくれました。

見ているうちに、スケールがわからなくなってくる、という奇妙な感覚もありました。宇宙なのか、島と海なのか、それとも川の流れなのか。

枯山水、水を使わずに水を表現している、ということですが、表現している水は、心の水面なのではないか、とも思いました。心がとても平らになりました。

1時間近く、座っていた石庭を後にして、有名なつくばいを見て、帰路につきましたが、後ろ髪ひかれるような思いでした。

立ち去りがたい何かを、石庭は池山のこころの中に残したようです。また行ってみたいと思っています。

 

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